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赤と空のブルー

社会人3年目続けることをモットーに毎日イラストと好きなことを雑多に綴ってます。

【経済誌よんでみた #3】企業における数量管理とデザイン

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こんにちは!
今まで経済誌なんて読んだことない、新聞も読まない、普段の情報源はLINEニュースとテレビとTwitterのど素人が読んでみて面白かった内容や、気になった記事のみ抜粋して感想文を綴っていく備忘録3回目。

 

今回は初めての週刊東洋経済です。週1更新だとPRESIDENTでは発刊周期が合わないので週刊東洋経済を間に挟む形にしてみました。

週刊紙だからか、特集が多いPRESIDENTに比べてよりニュースや時事ネタが多くて2誌を比べる意味でも面白かったです。

 

思っていたよりも文量が多くなってしまったので今回は一つの記事について深掘りしました。

 

 

 数量管理とデザインの必要性

参考:「経済を見る眼」

「デザイン」は私にとって物事を選ぶときにかなり重要な事柄の一つです。また、海外からの観光客の消費動向についてもよく、「モノ消費からコト消費へ移っていく」というような話を耳にします。

この「モノ」と「コト」を価値や経営の話の分野から見たとき、ここでも同様に「コト」すなわちその物事の「意味」に重きを置くアートやデザインと呼ばれる部分の重要性がたかまりをみせているというのが、この記事の主張になります。

 

(以下、今の職場に通じることが多すぎて不満爆発です。すいませんが結構勢い良くディスってます。)

 

コト=意味的価値

モノやコトについてこの記事内では何度か言い換えがされており、少し定義がややこしいので先にまとめると、以下のようになります。

 

モノ(機能的価値)

ここでは主に「数量」を表す。数字を使った点数評価を行ったり、「売り上げ〇〇円達成」など数値を使った目標設定を行うことを数量管理と言う。(数値で分析できるという意味合いからサイエンスとも言い換えられている。)

 

コト(意味的価値)

ここでは主にデザイン」や「アート」と言い換えられ、数で測定のできない価値や質を指す。企業の経営理念などはこちらにあてはまる。

 

数で測ることの弱点

企業の経営には上記の2つの観点が必要なのですが、日本の企業は特に前者の数量管理に重きを置きがちだというのが著者の主張です。

 

そして数量管理が持つ問題点として

①測定できる目標を立てなければならない

②数量目標の達成に注力するとその数字を無理やり達成しようとする弊害が生まれる

という点を指摘しています。

 

おそらく多くの人に思い当たる節があると思います。私も半期に1度、個人の目標設定を行い、上司からの評価が行われたり、私自身が他スタッフの評価をすることがあります。

率直に言うとかなり憂鬱な作業です。なぜなら、目標を数値化しなければならないし、評価する立場からしてもその人には数値では表せない良い点があるのにチェック項目にないことは点数にできないからです。

 

目標を達成する側としての難点

まず目標設定については、朝何時に必ず起きるだとか、筋トレ1日何回だとか言う目標ならもちろん数値化は容易い。けれど、売り上げや業績は社会情勢の影響でやったことが直に反映されないこともありますし、個人が頑張っただけで変わることでもありません。

じゃあ他に何で数値化すれば良いかと言うと、それが特にないから困ります。多くの場合は売り上げ以外に見える数字がないので、それが全ての結果になり、奮わなければモチベーションは下がる一方です。

また対策としてどうにか達成できそうな数字を毎回血眼になって探したりもしますが、この時点で本末転倒なのは見えています。

 

そもそも個人目標の前に1日の売り上げ目標と業務があるのですから、これはよくない例ですが、そんなものを気にかけている暇はないのでほとんど注力していません。この制度は不満しかないです。早く消えて欲しい。。。

最終的に出た結果と自分の仕事を振り返って、自分の振り返り欄にうまく言い訳を考えて提出するのが関の山です。

 

評価する側としての弊害

評価する側としては、人によって特色が分かれるのに項目の有無や点数の上限によって評価できない部分が出てくるのが心苦しいです。

1〜3の段階評価なら「できない」「できる」「完璧にできる」という配分になります。でも「完璧にできる」にも例えば「すごく早い」とか、「こまめにやってくれる」、「自主的に行える」など人によってはプラスαがあるのに全て3になるわけです。このプラスαは1個だけじゃなくて複数であったり、1つであっても上司側にとって助かっている割合がかなり高かったりもします。

 

iPhone好きの日本人

そんな数量管理が大好きな日本企業。けれど消費者側のトレンドは数で見える機能性よりもデザインを重視する傾向が広がっています。

「映え」なんかもちょっと頭をよぎります。 

 

本誌でその代表例として出てくるのがiPhoneです。

iPhoneは便利なのはもちろんですが、随所に散りばめられた今までにないデザイン性で市民権を獲得しました。

日本にも技術面なら追いつけるものがありますが、「iPhone」に追いつく商品を生み出すことはできていません。(今更出てきたところでiPhoneを抜くのは何年も先でしょう。)

 

私がスマホを選ばなかった理由

私が最初に携帯を買ったのは高校生の時でしたが、今思えばあれがガラケー主流の最終時代だったと思います。携帯ショップにはスマホは2種しか並んでいませんでした。

しかし翌年にはスマホの割合が大幅に増え、3年になる頃には30人強いる教室でガラケーを使用していたのは私を含め2人だけでした。(おかげで面倒なクラスLINEに巻き込まれなかったのは不幸中の幸いでもありました。)

 

ここで少し視点をずらしてそもそもなぜ1年目に私がスマホを選ばなかに着目してみます。

①少数派だから

②便利かもしれないがなんだかよく分からないし、ガラケーでも別に困らないから

というのが選ばなかった主な理由。反対にこの時私が選んだガラケーは、

①みんなガラケーをつかっているから

②気に入った色合いのものがあったから

このとき選んだNECのガラケーはタッチ機能付きでもあったんですが、それはついでくらいの感覚。ついててラッキーくらいの気持ちでした。

 

つまりこの時点でスマホが持つ機能的価値は何も響いていないのです。

 

前回のPRESIDENTと取り上げた記事に、人は体験しないとその有効性が自覚できないという内容がありましたがまさにそれです。使ってみれば便利なのに使わない。

じゃあ何が使うきっかけになるのか。

それはその時の外的要因による必要性(周りがみんな使っているもこれ)か、デザインのような目に見える、または肌で感じる強烈な魅力ではないかと思います。

 

iPhoneは少数派

このiPhoneの普及についてはもう一つ、日本人のブランド好きも影響している気がします。

 

そもそもiPhoneは世界的に見れば多数派ではありません。こんなにも普及しているのはアメリカと日本くらいのもの。

ヨーロッパ諸国はSAMSUNGの方が主流で、それらに比べてiPhoneは高価なので、カフェで不用意にテーブルの上に置いていると盗られるから気をつけろと言われるくらいです。初めて聞いたときはびっくりしました。

日本だとGALAXYをはじめAndroidはケースを探すことが手間なくらいiPhoneが多数派。iPhoneを買うメリットはもはや製品の問題ではなくなっています。

 

防水性やカメラ機能、画面の感度等、Androidも性能の高い商品が出ているのにこの差が出てしまうには、Appleというブランドへの強い好感と一種のステータス意識を感じずにはいられません。

「ブランド」は意味的価値の代表例と言えるので、そもそも日本人は世界的に見ても意味的価値に対して関心が高い傾向があるのではないでしょうか。

 

著者は最後に、高い価格設定のブランディングやデザイン性にコストをかけようとすると、その意義を数字で解説しろと言われ難航する傾向が企業の現状について改善を投げかけています。

それほど大きくはありませんが、面白い記事だったので気になった方はチェックされてみてください。

 

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